2018年07月17日

無能は邪魔

「罪をおかぶりいただく」とは、話をうやむやにし挙句の果てに「人殺し」、ただそれだけのことだったとは!
 それだけのくだらなさと知っているのか宗教者は。知っているなら確信犯というわけで彼らの人生はただの「フリ」だ。人に何も考えさせずワーワー騒ぐお祭りの勢いにのせて大フィナーレ「殺人」。
物事を考えない者の物言いからはその背景にある思考方法が手に取るようにわかるようになる。彼らの罪状は「人殺し」では済まないだろう。

私は国際法に抵触の犯罪について死ぬまで追及していくつもりである。

そしてこの文を読めば彼らは「私たちは死なずあなたが身代わりなってくださるのですね!」と即座に考えるのが、彼ら「無能」が私のようなものにユダ・クローンと呼ばれる所以である。彼らは救世主到来後2千年を経た現代においても「反キリスト」なのですから、ユダでしかありえない。

このように「無能」はすっかり”片付いてる”。「無能」は既に論外なのではっきりいってどうでもいい。いよいよ核心の「問題」は、世界規模で行われているALL○○と銘打つこの「掃除」が何のために行われたのかがわからない、次に何をしてよいかわからない「無能」の選別である。
 (じゃあ「何かしなくっちゃ!」とはりきるのが自己が希薄であるがゆえの尻軽「無能」である。気色悪いことこの上ない。小学生か中学生の気分なのではないか。)このような「無能」には場所を与えなければならない。「オレオレ」が出てくれば祭り上げサンプルにすればよいだけだ。

 
彼ら「無能」の人生のテーマの一つに「俺が生きるためにお前を殺す」というのがあるが、その実嘘で、物事を解決する能力を持たない者がその場を切り抜けるために騒ぐイベントであるだけ。(するとここで「何かしなくっちゃ!」とはりきるのが自己が希薄であるがゆえの尻軽「無能」である。気色悪いことこの上ない。小学生か中学生の気分なのではないか。)
長く批判されてきた民族主義者の民族性である。「進化」などあるわけがない永遠のモラトリアム。代々教育をないがしろにするので当然頭が悪くなる。客観的視点のかけらももたない恥知らず。


反キリストの世界とは「救世主はまだ来ない」未開世界であり、いつまでもいつまでも何も変わらないでいてほしい現実逃避者の集合場所である。(じゃあ「何かしなくっちゃ!」とはりきるのが自己が希薄であるがゆえの尻軽「無能」である。気色悪いことこの上ない。小学生か中学生の気分なのではないか。)ほとんどのクリスチャンは地獄へ行くといわれるが誰でもどこにでも自由に行けばよいではないか。何故そんなことを考える必要があるのか。「無能」の実態を知る私はむしろ彼らと一緒に居ないためには永遠に消えようと思っている。(「無能」はこれで、国際法に抵触の犯罪被害者である私について”反キリスト”とし、それを倒した、片付けた♪と考える現実逃避者の集団である)私にとっては、このような彼らの居る天国とは地獄のことである。この「無能」共が私はつくづく嫌いなのである。
思考が「死」へ向かっており「いやさか」している兆しは欠片もなく気持ちが悪い。
しかし「いのち」の逆を行く者共皆が、殺人や犯罪に関わっているとは限らない。
「死んでいる神」とも呼べそうな「我々たる複数の神」は善人であるか悪人であるかに関係なくさかえていない。
彼らこそが「移民」を支持し背乗りやコピーや物真似をすすんで行っている現実について指摘する機会を持つ人は少ないだろうから私が行うことにした。私は一切誰も助けずフォローもしない。

 

彼ら「無能」はよく死ぬ前から「死んだらどうなるの?」と問うがそんなに気になるなら死んでみればよい。
現実世界をおざなりにし死後の話をするのは精神が「幽界化」しているからであり、人生が一度きりという覚悟も他人の人生を邪魔することも偶像崇拝することもなんとも思わない連中である証である。
この資本主義社会にいずれ理想天国世界がくると信じていたらしい○翼思想主義者の思想を私は直接聞いたことがないが彼らについて何の興味もない。「死んだらどうなるの?」と問う連中と同じである。





ここに記録の文は他人の記述を拡散周知したものではありません。
私は各種宗教団体や政治団体及び結社などに所属していません。
著作権は放棄しておりません。





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posted by in2002 at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary

無能3

自分で物事を考えることのできない(集団に属する)人々がこのblogを読んで”つまづく”ことについて一切責任を持ちません。
私は宗教家ではないので。無能力者のBlogの閲覧は自己責任でどうぞ。
「こんなことも説明しなくてはならないのか」と、絶句するような日々を過ごしてきた私が彼ら「無能」について出した結論は「見切りをつける」である。何故なら、驚くべきことに、劣性ぶりを露にする「無能」共の口癖は「わかりやすい!」であるから。彼らのパターンの一つに「自ら弱みを堂々と言ってしまう」というのがある。
常に、だます苦労も必要もない、公に世の中と言う花畑で人の目も気にしないらくらく殺人計画を画策するというのが、「無能」の究極の存在意義の担保であるのである。”神のご意思なる殺人”という倒錯思考は過激なイスラム系信仰者によく見受けられるがそっくりだ。
こういう輩を総して「反キリスト」と呼ぶ。反キリストどころか十戒無視であり異端者ではないのか。
彼らには学習する気力も努力する気概も一切ないのが本当のところである。「自分で物事を考えて生きられない、発信できないのはお前のせい。だからお前のものは俺のもの」とは移民の存在意義のお粗末な正当化。

聖書中イブに話しかけた蛇は「ところで神は・・・」とストーリーに横入りしてくる。
「ところで母系は・・・」とは、男系一系を旨とする国家においてはありえない思考で反逆的なものだ。
今後バカな女がこれを聞き入れ異国を始祖とする子供を生み国の中枢部にまでのさばらせるだろう。
既に外国人の神職は誕生しており次は白人の総理大臣、黒人の天皇でもなんでもありと考える彼らは、白を黒、黒を白と日常茶飯事的に平気で考えている○翼共である。他国へ行けばその国の国柄や国民を尊重するのが本来であるがヨーロッパではそうなっていない。
このような移民は「移民は何故生みだされるのか」を考えつくさなかったのであるからその存在意義はないのと同じである。移民の宿命、己の十字架を背負わないのであるから異端の者である。国体破壊者は必ず血筋の否定、破壊から入るが反国家的活動であることは誰も指摘しない。
父祖を国内に持つ女性を、父祖を国外に持つ男性と立場を同じくする「移民」が狙うというおそらく使い古されている構図について明らしめ、以後効果的に社会に認識させることのできる知恵ある人材が出てくれば「国は国であってはいけない!」と豪語する国内反国家勢力にソフトに立ち向かえるだろう。
彼らは常に聖書の教えに背かんとしている逸脱者であるから。
このような反国家的な”お花畑な”人々とは別に、外国には迫害を受けつつ社会との折り合いを真剣に模索しているイスラム系の弱者(男性)はいくらでもいる。
まだ読んでいないが彼らが苦労して大学を出て書いた論文をいつか読んでみたいと思っている。
私は国家主義者でも国粋主義者でもないが、「無能」であるところの反国家的集団についてのサンプルを収集する行動は今後有用と考えている。
(その内、このBlogでは国内外の国際法に抵触する犯罪についてもまとめていくつもりであるが私は一切反国家的活動者に与しない。私は個人的に彼らには全く同感的できないので。また、そこに住んでこそいませんが鹿児島の護国神社をいつか訪れ参拝するつもりである。)

ことあるごとに「盗ませてくれるって!背乗りさせてくれるって!」と恩を仇で返すねじれ思考の持ち主達はその思考がクローンのようにパターン化されており、いっそのこと彼ら「反キリストを研究対象」とした論文を誰か書くべきではないのか。





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posted by in2002 at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary

時代不適格者ユダ・クローン

スケープ・ゴートをさんざん裏から虐げておいて(魔術、科学技術、人海戦術、あらゆる手段)、
「やさしい○○さん」や「素直な心ある○○さん」になることをスケープ・ゴートには大声で謳い求めるのが彼ら「無能」の特徴である。
分かりやすく言えば「戦うな何も守るな日本人は!」と言っている。スケープ・ゴートをさんざん裏から虐げておいて(魔術、科学技術、人海戦術、あらゆる手段)、「やさしい○○さん」や「素直な心ある○○さん」になることをスケープ・ゴートには大声で謳い求めるのが彼ら「無能」の特徴である。
分かりやすく言えば「戦うな何も守るな日本人は!」と言っている。彼らのスケープ・ゴートへの口止め料はスケープ・ゴート仲間である。
私はこの異端は既に知り尽くし飽き飽き!
この現代において、聖書から抜けて出てきたような大変知能の低い「生贄主義者」共のやることはパターン化しているので分析しやすくありがたい。
どれほど凄まじい嫌がらせであるかということ、彼らの劣性ぶりは体験した人にしかわからない。
対象を正しく理解することや、現実を正しく理解し適切に物事を考えることができないというのも彼ら「無能」には一貫している。

また一方で、この素晴らしい新約時代に不似合いな「無能」連中に対抗できない「無能」は、あの手この手で仲間や救済者を装いスケープ・ゴートにコンタクトを取り続けるが無様である。
戦うスケープ・ゴートに「やさしい○○さん」になってもらいたいのは脅しに屈しろ我々の奴隷だお前はと、
その実言っているのであるがその点汲み取れる人も少なかろう。「無能」について知れば知るほど本来「有能」である人は命を投げ出してでも戦おうとする。
有能だから。有能ゆえに。イエスキリストを金に換える時代不適格者「ユダ・クローン」共は人を「盾」にすることだけしか考えていない”精神弱者”である。
私が教会の内や外で見た現代クリスチャンの「信仰」とは「盾」になってくれる人を探す「旅路」なだけであり(「救い」を受けていない印、証)、青春まっさかりの青い渋い食うても食えぬご老体共の終末思想であった。

追記 ※(平時には)敬虔な信仰をお持ちの方もおられるかもしれませんが。
信仰を持たない「印」や「証し」の伴う人も世の中にはおられる。

 

 


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posted by in2002 at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary

思考停止者


宗教は人に自分で物事を考える力を放棄させる。

というよりも「無能」であることの方が問題。

それとこれとは別問題。

 


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posted by in2002 at 15:38| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary

連想ゲームにご注意を※

自分を「神人」と認識し、神社に祭られているご祭神の御分霊との自覚を持たれる方もいらっしゃるようですが、私自身は自分の事も他者の事もそのように認識致しません。
危険な思想をする人々(男女性主義者、悪魔主義者)は、連想ゲームのようにあれとこれを繋げて単純に思考する向きがあるようです。

例えば参拝する神社のご祭神が・・・・


☆速玉之男命/泉事解男命:
唾液の誓約力が速く玉の光のごとき霊力をもつ男性
=離縁の神
☆伊邪那美命:創造神、
海の神、製鉄の神
☆天照大神:皇祖神のひとつ、太陽の神
☆家都御子神(けつみこのかみ)
ケツミコは「木津御子」で,樹木の神の意。
櫛御気野命の子に五十猛命という神がいて,
この神が紀伊国に木種を撒いたという伝承から命名。



であった場合、

今の旦那と離婚したがっており、地元(ローカル・民族主義=悪魔主義)の男性(自称・男神)皆の、
女神(太陽神・マドンナ)になりたがっている、”木種を撒かれ”(※隠語)たがっているとも平気で考えますから、スピリチュアル系女性の皆さんはご注意を。

彼らにとっては「聖地」=「性地」=「子宮」でもあり得ますから、一人でご神行されると「男神」を「誘う者」と考える、おかしな連中は居ます。

このblogで繰り返していますが私は悪魔主義者でも民族主義者でもカルトでもどんなタイプの宗教家でもありません。御神行やスピリチュアル系の活動を行うことも二度とありません。今自分が何をしているのか、知らなくてよいこともこの世界には多々あります。カルト書にある「神仕組」には一切賛同致しません。

 私の父方先祖は中国人韓国人ではないので私には「背乗り狙いのストーカー」になる理由がない。
「私」は「あなた」ではないのでここではっきりと「釘」を刺しておく。






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posted by in2002 at 15:38| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary